野菜の価値

農園では、野草の中に野菜が育っているので、パッと見ると野菜がどこにあるのか分からない時があります。

 

畝を立てていない畑は妻でさえ、どこを歩いていいか分からないと言うときがあります。

 

たまに僕も分からないときがあります。

収入を得ることが目的で、そのための手段と考えると、こうした栽培は選択肢に入らないのかも知れません。

 

なぜこんな風にしているかと聞かれると、栽培上の理由としては、

豊かな生態系が豊かな土壌を育み生命力ある野菜が育つ、ということがあります。


ビニールマルチや肥料を使用した場合よりも、野草と競合・共生して育つことにより、生命力がぎゅっと濃縮したような、濃密な味わいになるからです。

なぜそうなるのか、はっきりとしたことは分かりません。

もしかすると多様な野草の根とそこに寄生・共生する多様な菌類との共生によって、野菜単独で育つのとは異なる養分のやりとりがあり、土壌の多様性が濃密な味わいを育てるのではと想像しています。

 

こうした栽培上の理由はあります。

ですが、生活がかかっていると、こうした非効率で生産性の低いスタイルを選ぶに至る理由にはなりにくいかも知れません。

以前の記事<ビニールマルチを使わない理由>でも少し書いたように、ビニールマルチを用いて適切な管理をすれば、無肥料でも収穫量は数倍~数十倍に増えます。

 

それでもこうした栽培方法を選んでいるのは、単純な理由で、気持ちが良いからです。

いろんな草や虫や小動物や野菜、それぞれが、自然の中で一緒に生きてる姿が美しく、豊かさを感じて嬉しく思うのです。

ありのままで健気に生きてる姿が美しく感じます。

 

だから皆様にお届けする野菜は畑から野草を摘んでくるみたいに、今日は何があったかなという感じで収穫してお届けしています。

みんな形もいろいろ、大きさもいろいろ、そのまま。

必要に応じて栽培管理はしますが、そうして育った野菜をそのままお届けしています。

 

もちろん大きくて立派な野菜に育ってくれれば栽培者として嬉しいですが、大きくても小さくてもいい、そのままでいい、裸のありのままでいいと思うのです。

 

手前味噌ですが、

大きさや量や経済効率ではなく、

農薬はもちろん、肥料も堆肥もビニールマルチも使わず、自然の中で野菜自身の力で育ったその頑張りと、

小さくとも量が少なくとも、そのひとつの野菜に込められた生命力に、

この栽培で育つ野菜たちの、健気にも素晴らしい価値があるのではないかな、と感じています。